2009/5/29



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■□ 2.栗原裕一郎[特別寄稿]
■□   「まだ知らないあなたのための静かで熱いボールペン戦争」
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ボールペンの話をしよう。

「なぜいまボールペンなのか?」というと、マイブームだからだ。

とはいうものの、事態はマイブームに留まらない。ボールペン業界は
いままさに、史上最大といっていい変革の時をこっそり迎えているから
である。

さる人(※)をして「歴史がひとつ終わった」といわしめたほどの
イノベーションが、2006年、ボールペン業界を震撼させた。その衝撃は、
2008年にはシーンの勢力図を塗り替えるほどの規模に拡大、今年2009年が
おそらく天下分け目の年となるであろうことは、このボールペン乱世を
固唾を呑んで見守る物好きな衆目の一致するところとなっている。

その衝撃的イノベーションとは、三菱uniから発売されている
油性ボールペン「ジェットストリーム」だ。いちばん安いもので
税込み157円。プラスチックのボディにゴム製の滑り止めがついたノック式
で、見た目はそこらのボールペンと何ら変わるところはない。

じゃあ、なにがそんなにすごいのか。実際に書いてみれば一筆瞭然、
油性なのに、書き味が驚異的に軽くて滑らかなのだ。「軽くて滑らか」
なんてボールペンのキャッチコピーの常套句だが、ジェットストリームの
場合、羊頭狗肉ではない。ほとんど摩擦を感じないくらいスルスルと
いってしまうのである。おまけに、黒は黒々、青は青々、赤は赤々と
インクの発色も良い。

ボールペンと呼ばれる筆記具には、現在、三つの種類が存在している。
御存知のとおり、油性、水性、ゲルインクの三種で、この順に歴史が古い。

油性ボールペンは、もっとも一般的な、いわば枯れた技術で、にじみや
裏写りが少なく安価なのだが、インクの粘度が高いためそれなりの筆圧が
要る、ペン先のボールが回転することでインクを送り出すという仕組み
ゆえ、書き出しがかすれる、ダマができる、などのウィークポイントを
構造的に抱えていた。発色もいいとはいいがたかった。

油性のそういった弱点を乗り越えるべく、水性、そしてゲルインクが開発
されてきたのだけれど、まあ、それぞれ一長一短であって、三派鼎立の
状態にボールペン・シーンはあった。

ただし市場は、油性と水性のいいとこ取りを目論んだゲルインクに席巻
されつつあり、ゲル含めた水性ボールペンをよしとしない人たちは、
この先、進化するかもなんて期待は潔く捨て、重い書き心地などに目を
つむり油性を使い続けているという状況だったのである。

ジェットストリームが登場するまでは。

ジェットストリームは新開発された低粘度の顔料油性インクというものを
搭載している。油性ボールペン嫌いの開発者が、1万種類以上の溶剤の
組み合わせを試してつくりだしたものだそうだ。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/abc/forefront/080220_jetstream1/

その軽さや発色はゲルに劣らず、しかも、いいとこ取りしたとはいっても
結局は水性であるゲルの欠点(裏写りする、こするとにじむなど)も
当然ながらクリアされている。

もちろん、完璧な絶望が存在しないように、完璧なボールペンなどという
ものもまた存在しない。書き出しのかすれ、ダマなどの弱点は相当に軽減
されたとはいえ残っているし、インクの減りも油性にしては早い。ペン軸の
デザインもダサいしグリップ感にも疑問が残る。

しかし「つるつる滑りすぎてかえって書きにくい」という人が出るほどの
ヌルヌルヌラヌラとした書き味が油性で実現されたインパクトは
大きかった。東急ハンズやLoftなどの文房具フロアへ行けば、ジェット
ストリーム・コーナーがでかい顔で一等地を占めていることが確認できる
だろう。油性ボールペンのシェアでは一人勝ちの独走状態に、ジェット
ストリームは入ってしまったのである。

ここで、低粘度油性インクの歴史を軽く振り返っておこう。いちばん最初
に登場したのは、技術力はあるのにマイナーブランドから脱せない
オート(OHTO)が1999年に開発した「ソフトインク」である。

だが、低粘度油性インクの滑らかな書き心地を知らしめたのは、パイロット
の「A-ink」だった。一世を風靡したドクターグリップ、その新シリーズ
「Gスペック」を2003年にリリースするにあたり新開発されたインクだ。

続いて、ぺんてるが「ローリー」を2004年に投入、そして2006年7月に
ジェットストリームが発売されるのだが、書き味や発色などすべての点に
おいて以前の低粘度油性インクをはるかに凌いでいたため、瞬く間に
ヒット商品となってしまう。

同年11月、ゼブラが「ジムニースティック」を発売した。ただし、
キャップ式だったり、1.6mmまでと幅広くサイズが展開されていたり、
コンセプトが他の低粘度系とは異なっている。

いまのところ、真のジェットストリーム対抗馬といえるのは、2008年9月
にパイロットが発売した「アクロボール」だけだ。価格設定も同じだし、
デザインもジェットストリームに心なしか似ている。メーカーサイトの
売り文句を引用しておこう。

〈「アクロボールインキ」は、当社の油性インキに比べ、約1/5のインキ
粘度です。また、潤滑剤を配合し、ペン先でのボールの摩擦抵抗を低減
することで回転がスムーズになり、なめらかで濃い筆跡を実現しました。
もちろん油性インキならではの優れた耐水性です〉

事実上、A-ink(ドクターグリップ)の独擅場だった低粘度油性ボールペン
という市場をジェットストリームが食ってしまったかたちであり、闘いは
いま、三菱uniに占領された市場のレコンキスタをパイロットが虎視眈々
と狙うラストバトルの局面に入っている。

結論からいうと、後発ながらアクロボールにこれといったアドバンテージ
は見つけにくい。滑らかさ、発色ともにジェットストリームが依然として
優位に立っている。注意深く比較しないと区別がつかないくらいの
きわめて小さな差だが、アクロボールにはわずかに負荷が感じられるのだ。
筆跡もかすかにかすれるときがある。

もっとも書き心地は好みによりけりであって、多少引っかかりがあった
ほうがいいという声もあるし、アクロボールよりもう少し抵抗の多い
A-inkがベストという人もいないではない。

だが、何よりも「滑らかさ」のイノベーションがジェットストリームに
覇権をもたらしたという冷酷な現実の前には、「好み」により多少の
シェアが確保されることなど慰みにもなりはしまい。

この原稿が出るころ、三菱uniの「スタイルフィット」という
新プロジェクトが全国展開されているはずだ。ジェットストリームの
リフィル(替え芯)はもとより、定評のあるゲルインクボールペン「シグノ」
のリフィルなども取り混ぜ、使い手が自由に組み合わせて軸に装着できる
という商品で、ターゲットはあからさまに女子中高生である。
http://www.stylefit.jp/

「リフィルを自由に選べる」とは、パイロットがゲルインク市場でヒット
させた「ハイテックCコレト」のコンセプトにほかならない。スタイル
フィットはつまり、すでに確固とした油性ボールペンのシェアを足がかり
にゲルインクボールペンのほうも制覇しちゃうよ? というuniの宣告
なのである。

作戦名は「マイデコスタイル」。恐ろしいコードネームだ。なんかキャピ
キャピしてるし。まだアクションは見えてこないが、座視すれば余りものに
汲々とする負け犬の地位に甘んじかねないパイロットが何らかの手を講じ
ないわけがない。

今年後半のボールペン・シーンにはきっと血の雨が降ることになるだろう。
好き者以外は気づきもしない、静かな、しかし熱い雨が。

(*)TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の
構成作家・古川耕。
古川耕プレゼンツ「文房具ランキング2008」、リンク先は音声が出ます。
http://s01.tbsradio.jp/redirect/utamaru/432723.mp3

こちら文芸&学芸書籍編集部 (via vmconverter)

へぇ。そういえばボールペンなんてここ10年くらい自前で買ったことがないな。

(via hexe) (via ku) 一方、ロシアはえんぴつを使った (via semi)

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