2009/7/02
“●利用し利用されるネット・ユーザー
誰でも情報発信できることがいいことだとは、いまでも私は思っている。しかし、何かちょっと違うなと思い始めたのは、「ウェブはバカと暇人のもの」と思ったからではなくて、CGMという言葉を見たときだった。
コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア。
ウェブには消費者が生んだメディアが次々と現われていると、個人の情報発信を利用するビジネスモデルがもてはやされた。私もとりあえずこの言葉を原稿などでは使ったが、どこか抵抗を感じていた。
CGMは、「誰もが情報発信者」の新奇さを、マーケティング分野の人がわかりやすく表現するには適当な言葉だっただろう。けれども、商品を買う人々が情報を発信しているという発想は、情報発信者を、消費者、つまり商品やサービスを売りつける対象と見なしている。利用者が消費者でもあることは確かだが、わざわざそう言うことによって、情報発信を市場経済のなかに位置づけ、最終的には情報発信を商業的に利用してやろうという下心が透けて見えるように思われた。
情報をお金に換えるというのが市場経済的な発想だとすれば、情報共有という無償の行為は、市場経済の発想には馴染まない。しかし、プログラマーたちが築き上げたコンピュータ文化に「普通の人々」が大量に入りこむことによって、ふつうの市場経済の発想が浸透し始めるのは仕方がないことだったのかもしれない。こうしてネットの情報発信は、市場経済のなかで利用し利用されるものになっていった。もはや以前のような素朴な情報共有はありえず、多くの人が発信した情報は、まわりまわって「誰か」が労せずして儲ける仕組みになっている。ウェブは、社会全体の知的レベルを向上させる革命的な道具とばかりはいえず、市場経済のなかに位置づけられる娯楽ツールの側面が強くなってきた。
”
This post was reblogged from Syoichi's Tumblr.